DX推進のカベとなる人材不足問題

今、企業規模や業種を問わず、さまざまな企業がDXの推進に迫られています。しかし、DX化を阻む要因の1つとなっているのが人材不足の問題です。そもそも国内では、少子高齢化による労働人口の減少により、業種や職種を問わず人手不足の問題がさまざまな場面で指摘されています。

IT人材に関しても同様で、経済産業省が公表した「IT人材需給に関する調査(2019年3月)」(https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf)によれば、2020年の時点で30万人におよぶIT人材の需給ギャップが見込まれ、2025年には36万人、2030年には45万人まで、その規模が拡大するという推計結果が報告されています。

また、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)による「IT人材白書2020(2020年8月31日)」(https://www.ipa.go.jp/jinzai/jigyou/about.html)においては、「ユーザー企業におけるIT人材の“量”と“質”に対する不足感」を訴える回答が増加する傾向が見られ、人材不足の状況は改善するどころか、より深刻化している様子がうかがえます。

そのような状況下でも、大企業や資金力のある企業であれば、専任のIT部門や担当者を抱え、場合によってはグループ内のIT企業の協力を得るなどして、DX化を進めることができるかもしれません。当然、SIerなど外部の専門家に委ねるという選択肢もあります。

しかし、資金力に限りのある中小企業においては、人材不足の問題はすでに目の前にある大きな課題となっているようです。たとえば、東京商工会議所が中小企業を対象に実施した「IT活用実態調査(2021年2月25日)」(http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1024569)を見ると、「IT活用における課題」に関して、「コストが負担できない」という回答よりも、「IT導入の旗振り役が務まるような人材がいない」という回答が概ね上回っています。その結果からは、多くの中小企業ではIT導入のための適切な人材がおらず、DXの推進どころではないという姿が浮き彫りとなっています。

どのようにIT人材不足を解消すればいいのか

ではどのようにIT人材不足を解消すればいいのか。そのキーワードとして、注目を集めているのが「リスキリング(Reskilling)」です。

リスキリングとは職業能力の再開発や再教育を意味する言葉で、新しいスキルや能力、知識を身につけていくことの総称として用いられます。国内では、先ほど紹介した「IT人材需給に関する調査」において表記されたことがきっかけとなり認知されるようになったと言われており、DXに対応するための人材戦略としても注目されています。

これまでも企業では、社内外の研修やセミナー、勉強会、コンテスト、資格取得など、多様な育成施策を実施してきましたが、いわゆる従来の「教育」とリスキリングの違いは、今持っているスキルを単純に高めたり、個人の興味などで知識やスキルを広げたりする教育や学び直しではなく、新しい職業(業務)に就くこと、もしくは求められる能力の大幅な変化に適応するために必要なスキルを獲得することとされています。

リスキリングをIT分野で考えると、受託開発や保守・運用サービスといった従来型のスキルを高めるのではなく、IoTやAI、クラウド、データサイエンスといった先端的なITサービスのスキルを獲得することがリスキリングのポイントとなります。

リスキリングによって、縮小もしくは撤退する部門の人材を新たな雇用が生まれる部門へ円滑に労働移動させることができれば、採用コストの削減が見込め、外部から新たに人材を獲得するよりも組織文化を継承しやすいというメリットも注目されています。

なお、リスキリングと同じ「リ」からはじまる概念として「リカレント教育」も再教育という意味で用いられます。ただし、リカレント教育は一度、職を離れて大学や大学院、専門機関などで学び直した上で再度、職に就くことを前提としています。リスキリングは、仕事を続けながら新しい業務に必要なスキルを 学ぶというのが基本的な概念となります。そのため、リスキリングは事業の変革とDXに必要なテクノロジーの進展に合わせた実践的な職業訓練を意味する際に用いられることが多いようです。

DXに向けたリスキリングの取組事例

各企業による取り組み事例

米アマゾン・ドット・コムでは倉庫作業員などが9か月間の技術専門研修を受講し、ソフト開発エンジニアに必要なスキルを身につけ、クラウドサービスなどの最先端の部署に配属されたと公表。2025年までに約10万人の従業員のリスキリングを実施する方針を表明していると報じられています。(2021年8月12日 日本経済新聞:倉庫作業員が先端IT習得 Amazon、人材磨き生産性向上)

一方、国内においても、すでにさまざまな企業がDXの推進に向けたリスキリングに取り組んでいると報じられています。(2020年9月11日 日本経済新聞:投資、設備から人材へ 日立が全16万人にDX研修、2021年7月7日 日本経済新聞:新型コロナ: キヤノン、工場従業員にDX教育 成長職種へ配置転換)

日立グループでは、製造業からデータ活用などのソリューション事業へと転換を図るため、国内グループの全社員約16万人を対象にDXの基礎教育を開始しました。

富士通グループでも、国内のグループ全8万人を対象に、AIやプログラミングなどを自由に受講できるようにしており、スーパーコンピューター「富岳」の責任者による独自講座も用意されるといいます。

キヤノン株式会社では、クラウドやAIの研修を工場従業員を含む1,500人に実施することで、医療関連への配置転換などを実施するとしています。

DXに向けたリスキリングの取り組みは製造業に限ったことではありません。金融業では、三井住友海上火災保険株式会社が自動車事故や自然災害などのデータを地方自治体および保険の取引先向けに販売するにあたり、営業担当者がデータ販売に対応できるよう再教育するといいます。

三井住友フィナンシャルグループでは、従業員5万人に対してデジタル教育を実施。損害保険ジャパン株式会社では、オンラインによる企業内大学「損保ジャパン大学」をつくり、保険の専門知識および、デジタル技術を活用した企業の変革やグローバル展開などについて議論できる場を設けています。

商社でも、住友商事株式会社がAIを基礎から学ぶオンライン教育を実施したり、三菱商事株式会社では、所属、年次年齢を問わずIT・デジタル研修を希望者に実施したり、丸紅株式会社では、AI・機械学習の基本的知識をはじめとして、開発依頼・導入・運営の実務、時系列データ解析の手法などを解説する研修を実施したりしています。

リスキリングがDX推進を後押しするのか?

日本経済新聞の記事(2021年6月6日:「学び直し」世界が競う、出遅れる日本 所得格差壁)を見ると、欧米主要国ではすでに新型コロナウイルス感染収束後の経済成長に向けリスキリングを競っており、国際競争力を左右する要素となっているとされています。

このように国内外でもリスキリングの動きは活性化しています。しかし、リスキリングには大きな投資と時間が必要であり、従来型のIT人材に加え、クラウド、AI、データサイエンス、IoTなど、幅広いスキルが求められる先進型なIT人材を社内で育成するのは、やはり容易ではないでしょう。

今や国策として注目されるDXの推進。その後押しとなるリスキリングを大企業以外にも広めていくための議論や施策の整備が求められています。